非常識であるが故に①

「現代医学が常識なら、東洋医学は非常識」

鍼灸を業としてそれなりの時間がすぎたが、鍼灸を「常識」として受け止めている人に出会ったことはない。それは、同業者でもさほど変わりはない。

また、鍼灸のことを、これまでの「常識」にてらして、何かを取り除いたり抑えることで「治してもらえる」ものとも考えている人が多い。

実際は、いたって堅実なものだ。

人は「自然に治るもの」であり、「自力に頼る」しかない。
「自然に治らない不調」は、頼るべき「自力が弱っている状態」。

鍼灸の仕事は、その「弱っている自力」を助けることで「自然に治る」よう仕向けること。

そうするために必要となるのが、その人の「現在」、「過去」、そして「未来」のこと。

まずは「現在」。現状の確認。
「自力」が「どれくらい」「どう」弱っているのか。

次は「過去」。今に至る理由の調査。過去の整理。
「自力」が「なぜ」弱ったのか。
「病」は「経歴」。今は今だが、すべては過去に由来している。

最後に「未来」。予後の判断。
「どれくらい」戻るのか、「どう」戻るのか、「そもそも」戻るのか。
「未来」は今の連続。先のことは「過去」の結果としての「現在」から予測できる。

これらをすべて「診察」と「診断」と言う。

「治療」は、その先にある。

「常識」的には迂遠に感じるかもしれないが、「病」をその人から切り離して考えることができないのが「非常識」な東洋医学

「理屈はいいから早く治せ」と言われても、鍼灸は融通がきかない。